津軽の温泉めぐりの旅もいよいよ最終日。帰路にちょっとした時刻表トリック的なルートを使ったので、最終日は西村京太郎風に2人の刑事さんに現地を巡ってもらう形で進めます。
序章
事件発生は2023年3月10日の23時前だった。品川駅近くの路地で発見された被害者は水商売の女性Nで、毒物による中毒死と思われ、発見は事件直後と推定された。
Nの客先の捜査を進めていく中で1人の容疑者が浮かび上がってきた。K大学のS教授で、ここのところNにかなりつきまとっていたらしい。五反田警部と鶴岡刑事の2人は早速K大のS教授のもとを訪ねてみた。
「なんだね、君たちは。学会の準備で忙しいから用のない警察に構ってる暇はないのだがね。」
S教授は五反田と鶴岡を見つけるなり眉をひそめながら不機嫌そうに言った。
「Nさんをご存じですか?3月10日の23時前に品川で亡くなったのですが。」
鶴岡が尋ねるとS教授はニヤリと笑いながら
「知ってはいるけど、亡くなったことと私に何の関係があるのかね?忙しいからお帰り願いたいのだが。」
「では、お忙しいようなので最後の質問を。3月10日の夜は何をしていましたか?」
「知っていたというだけで容疑者扱いとは失礼な。まあ、隠すこともないから調べるか・・」
S教授はスマホを操作して日程を確認すると、
「ああ、その日は青森からちょうど帰ってきた日か。その日は、八森いさりび温泉と不老ふ死温泉に行った後、リゾートしらかみで新青森まで行って、東北新幹線で東京駅に着いたのが23時過ぎだったかな。列車に乗っている証明は難しいかもしれないが、温泉の受付に聞いてもらえば私が行っていたことは証明されるはずだ。さっきの話だとNさんが亡くなったのが23時前に品川らしいから私が関係ないことが分かっただろう。さあ、帰りたまえ。」
S教授はしたり顔で言うと、五反田と鶴岡を追い払うように手を振った。
「お忙しいところありがとうございました。またお話を伺うことがあるかもしれませんので・・」
2人はとりあえずS教授のもとをあとにして、捜査本部へと戻っていった。
さっそく温泉の受付に確認したところ、S教授は確かに温泉には行っていたらしい。
「S教授の言っていた東北新幹線は東京に23:04に着くようだね。言っていたこと全部が本当なら、23時前に品川に行くことはできないね。ただ、青森から羽田へは飛行機も飛んでいる。飛行機なら新幹線より早く東京へ戻ってこれるのではないかな?」
五反田が言うと、鶴岡は、
「そうですね。青森空港を20:40に出る便に乗れば羽田に22:00に着きます。S教授が乗っていたというリゾートしらかみは、青森駅着は19:38でそこから最終便の飛行機に乗るのはちょっと忙しそうですが、弘前駅には18:54に着きます。弘前駅から青森空港は車で1時間はかからないですから十分乗ることができますね。・・・でも、青森空港行の最終バスは弘前駅発が18:46になっていますね。タクシーやレンタカーで空港まで行っていないか早速調べてみましょう。」
しかし、弘前のタクシーやレンタカー会社からはS教授の痕跡は見えなかった。
「飛行機の最終便に乗る時間的余裕はあるのだから、どこかにトリックがあるのかもしれないね。ツルさん、現地に行ってS教授と同じ行程をたどってみようじゃないか。」
五能線
S教授は前日は鰺ヶ沢温泉に泊まっていて、鰺ヶ沢発8:33の列車で秋田方面へ向かったという。

五能線は風光明媚な路線として観光客には非常に人気の高い路線だが、車社会の青森県では地元利用の人は決して多くはないのが現状だ。車を運転できない高校生が利用者の大半というのがローカル線の実情で、特に青森から秋田へと県境をまたぐ区間は地元利用がほぼないといっても過言ではなく、8:30という都会であれば利用者でごった返している時間でも高校生にとってはちょっと遅い時間帯で利用者は旅行客以外いなさそうだ。8:33発の快速東能代行き列車もほぼ旅行客と思われる人が乗っている状態だった。海側のボックスシートにみな陣取っていて海側の座席だけ埋まっている状態で五反田と鶴岡は山側の座席に腰を下ろすと列車は静かに鰺ヶ沢駅を出発していった。S教授が行ったという八森いさりび温泉は、あきた白神駅からすぐのところにあるという。あきた白神駅まで1時間40分ほど、途中の乗降はほぼないまま、列車は東能代目指して走っていった。

あきた白神駅は、駅舎が北海道のローカル線でよくある貨車を改造したものがある一面一線の無人駅で乗降客は0だった。線路を挟んだ向かい側に道の駅併設の八森いさりび温泉がある。

昨晩宿泊した水軍の宿にもあった、木製の船をかたどった露天風呂があるこの温泉は、時間帯もあってか非常にすいていた。次の折り返し列車までの1時間ほどをゆっくりと温泉につかって11:37発の深浦行き列車で次の目的地不老ふ死温泉へと向かう。秋田から青森へと再び県境を越える区間になるのでこの列車もほぼ旅行者のみの利用といった感じだ。やはり海側のボックス席だけが埋まっている。再び日本海の景色を眺めながら、不老ふ死温泉の送迎バスがやってくる(普通列車の場合は事前に要予約)ウェスパ椿山駅へと2人は向かった。

ウェスパ椿山駅は、かつて深浦町が運営委託していた観光施設・ウェスパ椿山の最寄り駅として新設された駅だが、ウェスパ椿山は閉鎖されていて不老ふ死温泉へのアクセス駅として存続している駅だ(お隣の艫作駅のほうが近いがリゾートしらかみが停車しないなど便が悪くウェスパ椿山が実質上の最寄り駅となっている)。不老ふ死温泉は海辺の露天風呂が人気の有名温泉で、五反田と鶴岡以外に数名の旅行者が送迎バスへと乗り換えていった。次の列車、リゾートしらかみ5号の発車時間までは3時間40分以上ある。
「せっかくだから深浦名物のマグロステーキ丼をいただこうか。」
不老ふ死温泉内のレストランで名物のマグロステーキ丼をいただき、有名な海辺の露天風呂につかりながら、五反田と鶴岡はS教授のトリックを考えていた。
「ここまでの行程は温泉を楽しむ気楽なものでしたが、次のリゾートしらかみ号はトリックのしかけがありそうですね。」
「JRの路線図を見てみると、五能線は運行上は弘前が終点だけど路線は手前の川部駅で奥羽本線と合流している。川部駅でリゾートしらかみを降りて青森方面に早く行くことができないか調べてみたけど、奥羽本線も本線とはいいながら、決して列車本数は多くはないね。うまく接続する列車は見当たらなかったよ。」
「S教授のあのしたり顔は絶対裏がありそうですよ。なんとかヒントを見つけ出したいですね。」
五能線の普通列車への送迎は事前予約が必要であったが、観光列車であるリゾートしらかみ号むけに、不老ふ死温泉からは定期で送迎バスが運転されている。ウェスパ椿山16:09発の時間にあわせた送迎バスに乗って再びウェスパ椿山へ戻った2人はリゾートしらかみを待った。人気観光列車であるリゾートしらかみには不老ふ死温泉から乗る観光客がそこそこいて、五反田と鶴岡はちょっと驚いた。JR東日本が赤字ローカル線である五能線を災害からいち早く復旧させた理由がちょっと分かった気がしたが、それでもJRの発表している赤字線区の収支を見ると五能線の状況は決して良いとは言えない。観光客だけでローカル線を維持することが難しいのだなとちょっと寂しい気持ちになりながら列車を待っていた。

リゾートしらかみ号はウェスパ椿山で10数名の客を下ろし、その代わりにここから10数名の客が乗り込んで出発した。座席は満席である。次の停車駅深浦では19分の停車時間がある。乗客は思い思いに駅へと降りて周りの散策をしてみたり記念乗車印をもらったりしている。




次の千畳敷駅は、駅の目の前が千畳敷海岸の駅で、観光列車らしく千畳敷観光のために長時間停車してくれる。


千畳敷を過ぎると、鰺ヶ沢、陸奥森田、木造、五所川原、陸奥鶴田、板柳と各市町の中心駅に停車しながら弘前・青森方面へと列車はのんびりと進んで行く。普通列車なら少なくとも地元の方数名の乗降はありそうな中心駅でも観光列車なのでみな青森か弘前が目的地とみえ、乗降客は全くない。
「警部、ちょっと気になるものを見つけましたよ。」
鶴岡は、弘前から青森空港へのバスの時刻表を見ながら言った。弘前と青森空港を結ぶバスは直行便ではなく途中に藤崎船場角と浪岡という2つのバス停を経由している。
「浪岡というバス停は実は私も気になっていた。奥羽本線に浪岡という駅があるのでそこで接続できないかと思ってさっき川部駅での乗り換えを探してみたのだが、だめだったね。」
「確かに浪岡での乗り換えはできないでしょう。ただこの列車の次の停車駅は藤崎です。藤崎船場角というバス停はひょっとして駅からそれほど遠くはないのではないかなと思って地図を見たところ、どうも1kmくらいの距離にあるみたいです。このくらいの距離だと乗り換え案内アプリでは案内されないでしょうから、盲点ですね。」
「よし、次の藤崎で降りてみて藤崎船場角バス停まで歩いてみよう。」
2人は藤崎で列車を降りると、暗くなった道をバス停のほうへと歩いて行った。15分はかからずにバス停にたどり着いた2人は顔を見合わせてうなずいた。リゾートしらかみが藤崎駅着18:37で空港バスが藤崎船場角発19:00。ちょうどよい接続時間になっている。
「これでS教授のアリバイは崩れましたね。当日の列車の車掌に藤崎で降りた客がいたかどうか聞いてみましょう。顔までは覚えてなくても藤崎で観光列車から降りる客は相当目立つでしょうから。」
確認してみると、確かに当日は藤崎で降りた客がいて珍しいなと車掌は思っていたとのことであった。
終章
東京に戻った2人はあらためてS教授の下へ出向いた。
「藤崎船場角。この言葉でS教授は意味がわかりますよね?」
渋い顔を作ったS教授は気持ちを落ち着けるかのように、
「ちょっとトイレ失礼。」
と言って席を立つと気を鎮めにいっただけだったのか、すぐに戻ってきて
「残りは警察署でお話ししましょうか。」
と諦めた表情で言った。


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