天売島・焼尻島への旅を終えて北海道本土へ戻ってきました。天売島・焼尻島への玄関口・羽幌は、かつては国鉄羽幌線が走っていましたが1987年、国鉄民営化の直前に廃止されていて今は代替交通の沿岸バスが留萌ー羽幌ー幌延(ここまでが旧羽幌線)ー豊富の長い区間を走っています。そして羽幌からの移動先留萌も留萌本線が2023年に部分廃止で留萌もまた鉄道のない町となっています。これらの町の移動に鉄道の代替バスを利用したのでそれぞれの状況を見ながら、地方の公共交通について考えてみようと思います。
旧羽幌線
旧羽幌線は留萌から幌延まで、約141kmの長大ローカル線でした。20年ほど前に一度留萌から幌延まで代替交通のバスに乗車したことがあり、その時も乗客はまばらだったように思います。今回天売・焼尻島帰りで羽幌から留萌まで乗ったバスは、羽幌発が18:34と帰宅時間帯ではありましたが、バスを利用していた人は、羽幌乗車時に学生さんが数名、途中の苫前などの町で下車していき、その間に乗車した人はわずか1名でした。この区間の代替交通バスを担当している沿岸バスとしても、高速バス以外は正直廃止したいところなのでしょう。
旧留萌本線
かつては深川ー留萌ー増毛を走っていた留萌本線は、留萌ー増毛が2016年に、石狩沼田ー留萌が2023年にそれぞれ部分廃線になっていて、深川ー石狩沼田も風前の灯火になっています。20年ほど前に留萌本線に乗車したときは混雑の記憶もがらがらの記憶もないので、おそらく20名くらいは乗車していたのではないかと思われます。今回は留萌9:40発の深川経由旭川行きのバスに乗り込みました。留萌乗車時は、乗客は私だけ。途中3名の乗降がありましたが、深川駅の最寄りバス停である深川十字街(代替交通がかつての終点駅である深川駅まで入らないのは珍しい)降車時点での乗客は0。留萌市民が深川・旭川方面に用事があるとしたら乗車したい時間帯と思われるバスが留萌ー深川・旭川の移動に利用する人は0人でした。深川ー留萌間は無料の高速道路も開通していて、公共交通機関を利用する地元の利用者はほぼ0なのだろうなという予想が裏付けられる結果となってしまっていました。


旧深名線
深名線は深川ー幌加内ー朱鞠内ー名寄を結んでいた121kmほどの路線。北海道は広いだけにローカル線もそれなりの長い距離を走っていました。国鉄時代からこの路線は赤字路線として有名でしたが並行する道路の整備が遅れていたため比較的長持ちしていた路線ではありました。しかしながら道路が整備されてきて、1995年に廃線となっています。北海道にはもう40回以上は訪問していて行ったことのない自治体もだいぶ少なくなってきましたが、旧深名線が通っていた幌加内町はまだ行ったことのない町だったので今回せっかく深川まで来たので幌加内に寄ってみることにしました。鉄道時代は朱鞠内で運行系統が分離されていましたが、バスの現在はおそらく沿線の中では一番利用者が多そうな幌加内が運行系統の中心になっています。深川発11:35のバスで幌加内まで移動してみます。
深川乗車時点で乗客は私のほかにもう1名、深川市内の多度志で下車され、そこから終点幌加内までは貸切状態でした。
幌加内町は、そばの町として知られています。もう2‐3週間遅かったら、幌加内は雪が2度降るといわれるほど鮮やかなそばの花の白一面の景色を見ることができたようですが訪問時はまだそばの花の季節には少しだけ早かったようです。

幌加内バスターミナル内には、深名線資料館があり、かつての深名線の様子を示す展示があります。




幌加内バスターミナルから徒歩5分くらいのところに、旧幌加内駅跡があり駅名標と線路が残されています。

資料館にあった深名線関連の動画を見ていたら、うっかり深川行きのバスを1本逃してしまい深川行きのバスに乗ったのは幌加内17:48発。ちょうど帰宅時間帯なので少しは乗客がいることに期待しましたが、最初から最後まで乗客は私1人でした。途中には幌加内高校があり地方の鉄道・バスの唯一といっていいユーザーの高校生の需要くらいありそうなものですが、誰も乗ってきませんでした。

深名線にはところどころ廃線の痕跡が残っていて、廃線マニアには楽しめる路線かもしれません。

留萌本線の代替バスもなかなか大変な状況でしたが、深名線バスは深川ー幌加内を往復して私以外の乗客は深川ー多度志の1名のみと、ものすごいことになっていました。休日や幌加内高校のイベントの合わせた数日をなんと無料で乗れるというイベントを旧深名線バスは行っていて、なんとかバスを身近な存在にしてもらおうと頑張ってはいます。ただ、完全に移動は車が根付いてしまった地方では公共交通機関の未来は本当に大変です。
富良野線 根室本線
富良野線は旭川ー美瑛ー富良野を走るJR北海道のローカル線。JR北海道単独では維持が困難としているいわゆる黄色線区になります。富良野線は美瑛・富良野という一級観光地を控えた路線で観光路線としてはなかなかの活況を呈しており、車両は1両か2両、観光列車でも3両と多くはないながら座席は大体埋まる程度の乗客で賑わっていました。しかしながら、かつて五能線紹介のところでも書いたように、観光客がどれだけ乗ったとしても、昼間の数の限られた列車の乗客だけでは路線はとても維持できないという現実があります。鉄道は施設も基本的に鉄道会社が維持管理している分、利益を出すのは大変です。まして北海道は冬の除雪というプラスアルファがのしかかり、ただでさえ人口希薄な地帯を多く抱える中経営が行き詰まるのはある意味当然ではあるでしょう。富良野線は乗車した限りでは活況ではありましたが、それでも黄色線区であるという現実に地方ローカル線の厳しい現実があります。

根室本線は、滝川ー富良野ー新得ー帯広ー釧路ー根室を結ぶ長大路線でかつては札幌と道東を結ぶ大動脈でした。石勝線開通後はその座を石勝線に譲り、滝川ー富良野ー新得の間はローカル線に転落してしまいます。2016年の災害で東鹿越ー新得が不通となり復旧費用が膨大となることから、結局復旧されることなく2024年に富良野ー新得間が廃線となってしまいました。
今回の旅行では、当初は最終日の拠点を滝川にしていたので根室本線を利用して空知の炭鉱跡などを巡ろうかと思っていました。しかしながら、鶏が先か卵が先か、いちおう生き残っている根室本線の滝川ー富良野の列車本数は少なく、とくに観光の場合に使いたい昼間が壊滅状態です。そこでしかたなく定番の富良野・美瑛観光に切り替え根室本線の乗車は富良野からの帰り道のみの乗車となりました。富良野16:28発の滝川行き、気動車1両編成の乗客は座席の半分が埋まるくらいでした。途中の芦別で数名の乗降が、その他の駅は0‐1名の乗降で滝川まで走っていきました。何とも先行きの不安な状況ではありました。
地方公共交通の未来
予想通りとはいえ、今回乗車したローカル線と代替バス区間はいずれも非常に厳しい状況でした。人口希薄地帯を多く抱え気候条件も厳しいJR北海道が単独では維持できない区間が多くなってしまうのはやむを得ないことでしょう。道路が整備され(今後も国策で道路は整備されていくでしょう)、ドアトゥードアで目的地に到達できる車に公共交通機関がかなわないのは当然のことで、石油価格の異常高騰などで車が利用しずらい環境にでもなってしまわない限り地方公共交通の地元使いが増えるとは思えません。国策として鉄道・バスを残す(つまり税金を公共交通機関に入れる)のかどうかを決める時期に来ているのではないでしょうか。バスドライバー不足問題もクローズアップされている現在、バスでの維持も容易ではありません。むしろ今回の乗車体験から見る限り、人口減少時代に突入した日本では、特に地方のバス会社も助けてあげないと早晩立ち行かなくなることでしょう。地方の公共交通を残すのか、いっそのこと車に振りきって公共交通は諦めるのか、選択の時期は近いように思われます。
暗い話題で終わるのも何なので最後の拠点にした滝川の町を少し紹介して終わります。


滝川で宿泊して明日は初夏の北海道観光の定番、富良野・美瑛に向かいます。


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