福岡県南部に位置する柳川市は掘割が張り巡らされた水郷のまち。関ヶ原の戦いで西軍について改易されながら、唯一大名に復活した立花家の城下町として知られています。立花家の屋敷、立花邸御花は見事な庭園松濤園をはじめ見ごたえたっぷりです。柳川のみどころを2021年12月訪問時の写真とともに紹介します。
立花氏の歴史
柳川藩の藩祖となった立花宗茂は、豊後大友家の重臣高橋紹運の子で、男子のなかった戸次鑑連(立花道雪)の養子となって立花家を継いだ猛将です。関ヶ原の戦いが9月15日になったのは、”立花宗茂が石田三成に合流する前に決着をつけないと危ないと東軍が判断して早めの戦闘になった”という話がでるほど、諸将に認められていた武将でした。関ヶ原の戦いでは西軍に属し東軍の大津城を攻略していましたが、関ヶ原で西軍本隊が敗北したため大坂城に退いた後、毛利輝元に交戦の意思がなかったことから本拠柳川まで撤退し、降伏開城しました。西軍についたことから改易され、蟄居生活を送っていましたが、宗茂の実力・人柄は徳川方もよく承知しており、ほどなく幕臣を経て陸奥棚倉城1万石の大名として復帰、最終的には旧領の柳川11万石を与えられるまでになりました。関ヶ原で西軍について改易されながら大名に復帰したのは立花宗茂ただ1人です。立花家はその後明治まで柳川藩主として続き、明治時代には伯爵家となっています。
柳川観光モデルルート
柳川は水郷のまち。川下りでお堀巡りを楽しみましょう。下船口からは船会社が出発地点までシャトルバスを運行していますので時間がなければそれに乗れば出発地点まですぐに戻れますが、御花にもぜひ立ち寄ってみたい。歴史好きな方は同敷地にある立花家資料館で宗茂の甲冑なども見学することができます。









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