天空の城 竹田城跡

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城というと、姫路城などのように石垣の上に天守閣がそびえ、周りを水濠に囲まれたものを想像する方が多いかと思いますが、平城が主流となったのは戦国末期から江戸時代以降の、お城の政庁の中心としての機能をより重視するようになってからで、戦国中期以前は地形を巧みに取り入れて防御をあげる、山城が中心でした。通常山城が廃城になると、その跡を敵方に利用されないように石垣などは破却されてしまうものですが、竹田城跡は江戸時代以前の石垣がほぼ残っている貴重な城跡です。雲の上に浮かぶ城跡は、幻想的という言葉がまさにぴったり。今回はそんな天空の城竹田城跡を紹介していきます。

アクセス

JR播但線竹田駅から路線バスで竹田城跡バス停へ

城跡見学だけなら、JRとバスでアクセスできますが、雲海を見たい場合どうしても早朝になってしまうので車がないと不便。車の場合山城の郷駐車場まで車を乗り入れることができます。そこから徒歩30-40分で到着!

雲海とお城を外から見るには谷を挟んだ向こう側の立雲峡駐車場が観測スポットになります。

竹田城の歴史

竹田城は、応仁の乱の西軍総大将として有名な山名宗全によって1441-3年ころに築城されたといわれています。この時代は、室町幕府将軍足利義持が播磨守護の赤松満祐によって暗殺され、その後幕府追討軍によって満祐が討たれる嘉吉の乱の時代・場所であり、山名氏にとって竹田城は隣国播磨からの防御拠点でありまた攻め込む際の攻撃拠点として重要な場所でした。戦国末期には近くに生野銀山があったことから、織田毛利の争いの場所となり、羽柴秀長(豊臣秀吉の弟)が攻略し、秀吉に臣従した龍野城主赤松広秀が城主となりました。広秀は関ヶ原合戦で西軍に属したことなどにより徳川家康により切腹を命じられその後廃城となりました。建物はなくなったものの、石垣は現在まで残りました。

竹田城跡の魅力

なんといっても雲の上に浮かぶ幻想的な光景が一番の魅力。夜が明けきらない霧の中を登城していき、城跡にたどりついたとき、一面の雲海の上に浮かぶ城跡は別世界に上ってきたかのような錯覚さえ覚えさせてくれます。

城跡としての魅力は、江戸時代以前の石垣がほぼ残っていることでしょう。竹田城の石垣は自然石を(おそらくあまり加工せずに)積み重ね、大小さまざまな石によってできていることがわかります。

雲海をみるには

雲海は9-12月の早朝に発生します。①前日が小雨で②夜が冷え込み日中との気温差が大きく③当日はよく晴れ④風が少ないときに極上の雲海が発生するようです。天気ばかりは自力でどうすることもできませんが、竹田城跡訪問候補日が複数取れる場合は、以上の条件が少しでも良い日に訪問してみてください。時間は、日が昇るときには城跡に到着していたいので、日の出の30分前くらいには登城を開始しておきたいところです。

竹田城跡訪問記

2020年11月に竹田城跡に行ってきました。運よく雲海発生の条件が整いきれいな雲海を見ることができましたのでその時に写真を一気にどうぞ。


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