天下布武の拠点 岐阜

歴史 旅行
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かつて稲葉山と呼ばれていた岐阜城は織田信長が美濃を攻略して本拠地とするとともに中国の故事から岐阜と改名し、天下布武への道を突き進んでいった町です。岐阜城をはじめ信長の痕跡が残る岐阜の町を巡ってきました。

岐阜駅では金ぴかの信長像がお出迎え

JR岐阜駅前には金の信長像が岐阜に到着した人を迎えてくれます。

金の信長像

JRおよび名鉄の岐阜駅から金華山、岐阜城のある岐阜公園まではちょっと距離があるのでバスが便利。

金華山 岐阜城

岐阜の町の真ん中にそびえる金華山は岐阜のシンボル。頂上には復元された岐阜城が建っています。

麓から岐阜城天守閣を眺める
城には欠かせない水の手 岐阜城の井戸

難攻不落の城といわれた岐阜城への道は山道。かつての登城道が今は山登りルートとなっています。ロープウェイがあるのでこれを使うと山頂まで一気に行くことができます。

ロープウェイを使えば山頂まで楽ちん
ロープウェイ山頂駅から天守閣までは山道をちょっと登ります
かつての一の門跡と伝わる場所
伝馬場跡 山道で馬場がどのようにあったのかちょっと分かりづらい
木像閻魔像坐像
山頂付近にある、山城では特に重要な井戸
岐阜城天守閣

山上部に残る石垣は戦国時代のものだそうです。

岐阜城に残る戦国時代の石垣

天守閣には主に信長に関する資料展示があります。

楽市制札
金箔飾り瓦(復元)
信長坐像(復元)
天下布武印(複製)
京都南蛮礼拝堂の信長像

岐阜城天守閣からは濃尾平野を見渡すことができます。山がちな国土の日本においてこの濃尾平野を早くにおさえることができた信長は地図上の面積以上に国力が充実していたことが分かります。

岐阜城天守閣からの眺め
岐阜城天守閣からの眺め そう遠くないところに関ヶ原があり、岐阜城は関ヶ原合戦の前哨戦が行われた場所でもあります
岐阜城天守閣からの眺め

登城時は楽をしてロープウェイを利用したので帰りは歩いてふもとまで向かいます。いくつか登山道がありますが、七曲道が一番ルートが楽で歩いて登城する方も多い道です。

七曲道

麓に戻って岐阜城公園を散策しながら岐阜市博物館へ。

岐阜公園の噴水
岐阜公園

岐阜市歴史博物館

岐阜公園にある岐阜市歴史博物館は、特に戦国時代の展示が充実しているので、戦国時代好きにはたまらない博物館。写真はほとんどの展示でNGなので撮ることができませんでしたが、岐阜城(稲葉山場)ゆかりの斎藤道三や義龍といった普段はあまり目にすることのできない武将の肖像画もあります。

岐阜市歴史博物館入口

信長居館

近年の発掘調査で岐阜城麓にあった信長居館の姿がだんだん明らかになってきています。

信長居館発掘に関する資料がある建屋
信長居館想像図
信長居館跡
信長居館と庭園跡
信長居館跡端にある三重塔
信長の前の岐阜城の主 斎藤氏の家紋も結構ありました 戦国好きにはたまらないところ

長良川の鵜飼い

信長は長良川の鵜飼いを奨励していたといいます。現代まで残る鵜飼いはだいたい5-10月の期間に開催されています。

長良川と鵜飼船

崇福寺

岐阜公園から長良川を超えて少し進んだところに崇福寺があります。”心頭を滅却すれば火もまた涼し”の名言で知られる快川和尚ゆかりの寺で、皮肉なことに快川和尚を殺すことになった織田信長・信忠父子の廟所になってもいるお寺です。斎藤氏の重臣で西美濃三人衆・稲葉一鉄ゆかりの寺でもあり見どころの多いお寺になっているので、岐阜城から足を伸ばして是非寄ってみたいところです。

崇福寺入口
崇福寺
稲葉一鉄寄贈の梵鐘
一条兼良寄贈の中門・土塀
血天井 関ヶ原前哨戦の岐阜城攻防戦で討ち死にした織田秀信家臣の血染めの板を移設して天井にしているという
本尊 信長と信忠の位牌
信長書状などもある
稲葉山場の主 斎藤家の家系図
崇福寺中庭
織田信長・信忠父子廟

当初は岐阜は半日観光の予定でいましたが、岐阜市歴史博物館と崇福寺の展示品が充実していてじっくり見学して1日まるまる楽しむことができました。戦国好きにはお勧めの町です。


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