1590年豊臣秀吉は天下統一の仕上げとして小田原北条氏攻めを行います。北条氏の領国は本拠地小田原城の支城として関東一円に数多くの城を配置していましたが、日本全国から集められた豊臣の圧倒的大軍の前に城は次々と落ちていき、ついには小田原城も開城して北条氏は滅亡してしまいます。しかしこのとき、豊臣軍の攻撃を耐え続け小田原開城後も陥落しなかった唯一の城が現在の行田市にある忍城です。豊臣家お得意の城の水攻めに耐えたことから後世浮城の異名をとった忍城の紹介をしていきます。
アクセス
忍城は江戸から近い要衝として江戸時代には徳川譜代大名の城下町でした。そのため現在の行田市の中心部に位置していて最寄り駅は秩父鉄道の行田市駅になります。東京方面からはダイレクトで行く場合のJR高崎線の行田駅は行田市の外れに位置しているので、行田駅から忍城へは2026年3月現在は日中に1時間に1本程度運行しているバスを利用します。
市役所脇から忍城跡へ
秩父鉄道行田市駅からは行田市役所まで徒歩7-8分といったところ。市役所の脇から忍城跡へつながる道があります。

忍城は明治に廃城になって取り壊されており、現在立っている天守閣ほかは復元されたものになります。





行田市郷土博物館
忍城の天守を含めた建物は行田市郷土博物館として忍城をはじめとした行田に関する展示があります。





藩校跡
忍城は廃城後野球場が作られ当時の史跡はほとんど残っていませんが藩校の門と伝わる門は残っています。



水城公園
忍城の外堀跡を利用した水城公園は、復元天守のある忍城跡よりも、湿地に建てられていた忍城の当時を感じることができるかもしれません。



埼玉古墳群
水城公園から徒歩30分前後の場所に行田市のもう1つの観光スポット・埼玉古墳群があります。整備が行き届いていて一部の古墳は頂上まで登ることもできるようになっています。

豊臣軍の忍城攻めのとき石田三成の軍は水攻めに備えて埼玉古墳群の丸墓山古墳の上に陣を構えていたと伝わっており、埼玉古墳群内に石田堤と呼ばれる堤の一部が残されています。







東京から日帰り圏内にある忍城と埼玉古墳群。ぶらりと日帰り旅にいかがでしょうか。


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